法定相続分の登記で起こるトラブルの可能性
2024年4月1日から相続登記が義務化され、「3年以内に登記しなければ」という声をよく聞くようになりました。しかし、遺産分割の話し合いが整っていない段階で、とりあえず法定相続分での相続登記(いわゆる未分割のままの登記)を先に済ませてしまうと、登記簿上にそれぞれの持分が分散した「共有の形」が残り、後々の売却や活用の場面で身動きが取れなくなりがちです。
共有状態を放置で起こりうる――ある家族の15年
【事例:田中家(仮名)のケース】
東京都内の一戸建てを相続した田中家。父親が亡くなった際、長男・次男・長女の3人が相続人でした。「ひとまず登記だけ済ませよう」と、遺産分割を後回しにしたまま法定相続分(各3分の1)での相続登記を完了させました。
それから5年後、長男が自宅の売却を希望します。ところが共有不動産を任意に売却するには原則として共有者全員の同意が必要であり、「思い出の家を手放したくない」という長女の反対で話は頓挫しました。さらに10年後、次男が病気で他界。妻と子ども2人が新たな持分権者となり、共有者は5人に膨らみました。実家は今も空き家のまま。管理費を立て替えている長男のもとに費用分担は届かず、次男の遺族との連絡も途絶えがちです。
これが共有状態を放置した際の典型的なトラブルです。一度こうした状態に陥ると、時間が経つほど関係者が増え、解消の難度が上がっていきます。
相続登記の義務化と「未分割のままの登記」の関係
2024年4月1日から、相続(遺言を含む)によって不動産の所有権を取得した相続人は、「自己のために相続が開始したことを知り、かつ、その不動産の所有権を取得したことを知った日」から原則3年以内に登記を申請しなければならなくなりました。正当な理由なく申請しない場合、10万円以下の過料が科される可能性があります。
※施行日(2024年4月1日)より前に開始した相続で未登記の不動産も、経過措置により義務の対象となります。期限の数え方は、相続開始時期や「知った日」の解釈によって変わることがあります。
ここで多くの方が混同しがちな点があります。「遺産分割が終わっていないと登記できない」わけではありません。遺産分割が未了でも、次の対応が選べます。
- 法定相続分で相続登記をする――登記簿上に各相続人の持分が記載される(共有の形になる)
- 相続人申告登記をする――申出をした相続人について「申請義務を履行した」扱いとなる(本来的な名義変更とは別の制度)
ただし、法定相続分で登記してしまうと登記簿上に共有持分が記載され、将来の売却・活用の際に合意形成が難しくなりやすいのが悩みどころです。また、遺産分割が成立した後は、成立を知った日から3年以内にその内容に沿った登記を申請する義務が別途生じます。相続人申告登記で対応できるのはあくまで「基本的な申請義務」の部分であり、遺産分割成立後の追加的な義務は別途対応が必要です。
未分割のままの登記と法定相続分のしくみ
遺産分割が成立していない段階で相続登記をする場合、民法で定められた「法定相続分」の割合で各相続人の持分を登記します。たとえば配偶者と子ども2人が相続人の場合、配偶者が2分の1、子どもがそれぞれ4分の1ずつです。子どものみが3人の場合は各3分の1となります。
登記簿には「持分3分の1 A」「持分3分の1 B」「持分3分の1 C」のように各相続人の氏名と持分が記載されます。一見それぞれの権利が明確になったように見えますが、共有状態では意思決定のルールが複雑になり、「使う・貸す・売る」の場面で共有者間で意思を合致させる必要があります。
売却・贈与・抵当権設定といった処分行為は原則として共有者全員の同意が必要です。賃貸などの管理行為は持分の過半数で決定できるのが原則ですが、契約内容や工事の規模によっては全員の同意が求められることもあります。修繕などの保存行為は各共有者が単独で行えますが、費用の分担や精算をめぐるトラブルには注意が必要です。
共有状態で起こりうる5つのリスク
未分割のままの登記で共有持分が登記簿に記載されると、次のようなリスクが現実になりやすくなります。
売却できない(合意形成が止まる)
共有不動産の任意売却には原則として共有者全員の同意が必要です。相続人のうち1人でも「売りたくない」「もっと高く売れるはず」と主張すれば、手続きは進みません。相続人が多いほど意見の一致は難しくなります。
活用・改築が止まりやすい
賃貸に出すなどの管理行為は持分の過半数で決められるのが原則ですが、内容によって必要な同意の範囲は変わります。合意が得られない間も固定資産税や維持管理費だけが発生し続けることになります。
共有者が増え続ける
共有者の1人が亡くなると、その持分がさらに相続されます。3分の1の持分を持っていた人が亡くなり子ども3人が相続すると、9分の1ずつの持分を持つ人が3人増える計算です。世代を経るごとに連絡先の分からない共有者や面識のない親族が増えていきます。
費用負担をめぐるトラブル
固定資産税や維持管理費は持分に応じて負担するのが内部的な原則です。しかし実際には誰か1人が立て替えて他の共有者に請求するケースが多く、支払いを拒否されたり連絡が取れなくなったりして費用回収ができないトラブルが起こり得ます。
次世代への負の連鎖
共有状態を解消しないまま次の世代に引き継ぐと、子どもや孫がより複雑な共有関係を受け継ぐことになります。時間が経つほど関係者が増え、意思決定はさらに難しくなっていきます。
共有状態を回避する3つの方法
可能なら遺産分割を先に固める
相続登記の前に遺産分割を成立させ、「不動産は長男が取得し、次男には預金を相続させる」「不動産を売却して代金を分ける」など分け方を確定してから登記するのが、実務上トラブルを防ぎやすい進め方です。遺産分割が成立すれば、単独名義にすることも可能です。
相続人申告登記の申出を活用して時間を確保する
遺産分割に時間がかかる場合は、「相続人申告登記の申出」を使い、相続人の申請義務を簡易に履行する方法があります。ただし、売却等のためには別途、遺産分割を経たうえで本来の相続登記が必要です。
遺言書がある場合は内容を確認して進める
被相続人が遺言書を残している場合、内容によっては遺産分割を経ずに遺言の指定どおりに登記を進められることがあります。遺言の種類・内容により手続きが異なるため(公正証書遺言は検認不要、自筆証書遺言は原則として検認が必要など)、まずは遺言の有無・方式・内容の確認から始めることが出発点です。
すでに法定相続分で登記してしまった場合の対処法
「すでに法定相続分での相続登記が入ってしまっている」という場合でも、状況に応じて共有関係を整理する手段はあります。ただし、必ず共有状態を解消しなければならないというわけではありません。現状や将来のリスクを考慮して対処すべきかを考えましょう。
遺産分割を成立させ、内容に沿った登記へ
法定相続分で登記した後でも、遺産分割を成立させること自体は可能です。この場合、法定相続分で登記した後の状況によっては、申請する登記の内容が複雑になることがあります。思い込みで手続の種類を決めず、専門家に確認することが重要です。
遺産分割がまとまらない場合は調停・審判へ
相続人間で遺産分割の合意が得られない場合は、家庭裁判所の遺産分割調停を申し立てることが基本ルートです。調停でも合意に至らなければ審判で裁判所が分割方法を決定します。遺産分割後もなお共有関係が残る場合や遺産共有ではなく、通常の共有になっている場合には、地方裁判所での共有物分割(共有関係の解消)を検討する場面もあります。
持分の買取・売却
他の共有者の持分を買い取って単独所有に近づける方法もあります。逆に、自分の持分だけを第三者に売却することも法律上は可能です。ただし共有持分は一般市場での評価が下がりやすく、第三者が共有者に加わることで管理・利用がさらに複雑化するリスクがあります。
まとめ:共有状態を避けるためのポイント
未分割のままの登記で共有関係が登記簿上に固まると、後から動かしにくくなる場面があります。次の5点を押さえておきましょう。
共有状態を避けるためのポイント
- 期限が迫る場合は相続人申告登記等で申請義務を満たしておく
- 可能なら遺産分割を先に固め、取得者を決めてから登記する
「とりあえず法定相続分で登記」は将来の合意形成を難しくしやすい - 遺言書の有無と方式をまず確認する
内容によっては遺産分割を経ずに登記できる場合がある - すでに法定相続分で登記した場合も、遺産分割後に整理できる
- 話し合いがまとまらなければ調停・審判で分割方法を確定させる
共有状態は世代を経るごとに複雑化していきます。相続が発生したら、できるだけ早い段階で遺産分割の見通しを立て、権利関係を確定させることが、結果として次世代の負担を減らすことにつながります。
免責事項 / NOTE
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律相談に代わるものではありません。記載内容は執筆時点の情報に基づくものであり、法改正等により内容が変更される場合があります。最新の制度運用や手続きは法務省・法務局等の案内でご確認ください。具体的なご状況については、弁護士・司法書士等の専門家にご相談されることをお勧めします。
